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朝活3日目

でいりー

 今日は久しぶりに天気が悪いですね。まぁ気温も高いし、用事がないのでいいんだけれど。

 

 今優雅に朝マックをしてMacを叩いているところ。五時起き三日目だよ〜。

 ここ1年のうち半分以上は大学生にとって「早い」と言える時間に起きれていなかったような気がする。バイトも夕方からだし、授業もそんなにないわで、しかもあまり目標も持たず過ごしてた時期も多かったから、引きこもりがちの私がそうなるのも当然かという感じ。

 おととい、たまたま五時に目が覚めてしまってそれからモーニングをしに行ったら「案外いいんじゃないのかこれ」と思って、続けています。五時に起きる癖はついたみたい(今日はアラームの前に起きた)

 

 でも眠い。眠いんだ。勉強や知的作業をやるのには向いてないぐらいダル眠い…。頭がしゃっきりするためには、この生活に慣れないといけないのかな。10日ほど続けられればいいみたいに描いてある記事を見たが、これを10日かぁと思うと気が重い。

 まず早起きとセットなのが、この朝かふぇ。部屋はごちゃごちゃしているから気がいろんなものに逸れるし、絶対午前のうちに布団に逆戻りしてしまう。朝ごはん食べてから来て、飲み物だけ飲むようにしようか…節約…。

 初日に行ったコーヒー屋さんのモーニングが美味しくて、2日通って2000円使ってしまっているので、金のかかる早起きだなぁという感じです。いや実際そこまでしてでも朝型人間にはなりたいんですけど。

 

 去年は年明けから朝六時に起きてウォーキングやジョギングをするという健康的なことを1ヶ月以上続けていたけど扁桃腺炎で体調を崩してからはぱったりとやめてしまった…。あれが続けられていれば良かったのに…。その時住んでいたところがベッドタウンみたいなところで、運動に適した環境だった。アクセスは悪いけどちょっと惜しい。

 

 惰眠をむさぼるのは脳が一時的に得る「快」…後悔は続く「不快」

 

 早起きは一時的な「不快」…長いスパンで見た「快」…

 

 これを念頭に置いてしばらくチャレンジ…痩せたいしね

オタク事情

オタク

 本日五時起きのオタク。ウォーキングしたりしてからカフェにモーニングに来ています。朝型になりたいなぁ…。やっと目が覚めてきた…。

 

 

 

 最近とあるブラウザゲーにはまっていてツイッターでもオタク仲間と盛り上がっているのだけれど、その中で辛いな〜と思うことがちらほら出てきた

 

・人付き合い

 ある程度コミュニティがあるわけだから、合わないな、鬱陶しいなという人がいてもなかなか切ることができない。まぁあまり話さないしいいのだけれど、皆で話す時は気を遣わねばならないし面倒。実生活ではあまりコミュニティに属さずにいるので、せめてこういうところでは社会勉強をしておこうか…。

 

・他人の他カプ(地雷)語り

 あるキャラに没頭していて、そのキャラが敬愛する人とのカプを私は一番好んでいるし、二次創作をするぐらいに愛している。でも、その人が面倒見ているキャラがもう一人いて、最近TLがそっちとのカプで盛り上がることがしばしば。大変に遺憾である(理不尽なのは承知)。庇護する対象である私の推しキャラが放られているような心地がしてならない(実際は皆設定を考えているとは思うが)。ここら辺の問題はあまり吐き出せるわけもなく(他人の「好き」を否定することはおかしい)、イライラしながらTLを見ることがしばしば。

 もういっそツイッターを見ることを減らして、仙人のように作品を書いていこうかとすら思ってしまう。

 しかしそこで人付き合いの問題が浮上してくる。萌えがたりの話題以外でも仲良くしていただいている人が数人いて、彼らの大半はその私が地雷とするカプが好き。しかもイベントにもそれで出る。どうすりゃいいんだ!!!彼らは雑食なので私の作品も読むし、感想もくれる。地雷を語る奴なんて大嫌いだ!!!でも人間としては好きだ!!!この板挟みよ。

 そのカプの語りをスカイプで聞き流せるぐらいには耐性はついたけれど、最推しキャラがないがしろにされてるような妄想だと今でも心中穏やかではない。私はツイッターに向いてないのかもしれない。しかしツイッターでいろんな感想をもらったり、ネタや熱意をもらえることが多いので…本当…もう…辛い。雑食の人たちとは相容れないな、と…。仙人になるしかない。

 

 

 オタク方面はアンソロジーの製作にも携わり始めたのでなかなか忙しい。要領がまだ掴めていないが、徐々に知識をつけていってる最中。

 みんなすごいよなぁ、こんな努力して本を作ってるんだもん…。どんなだけ時間があるんだ、と…。はまったのが就職する前でよかった。

 

 今までブランクを挟みながらもオタクをしてきたが、今のように自らきちんとした作品を作るまではまったことは中学生以来。つまり10年弱ぶりぐらい。は〜〜、私のオタク事情はどうなる事やら…。

 

兎りとめがないので終わろう

口頭試問を終えて

真面目なこと

 諮問と思ってたけど、試問なんだね…ああ

 

 

 先ほど卒業論文の試問を終えてきた。ムラはあるけど3年間まるまるやってた卒論テーマとようやくお別れ。正直飽きていた。しかし自分が専念できそうなテーマがそれしかなかったから、変更もせずに消化試合のようにダラダラと続けてやっと完成させた。完成と呼べるのかも自分としては怪しいが、破綻した内容でもないのである程度認められたものになった(と信じたい)。

 

 質問されたこと、言われたこと

・自分の論文のこれは優れている、是非見て欲しいと言える点

・教員養成についての研究が少ないのはなぜ

・例えばアメリカはPISAの結果なんて気にしてないけど、そういうギャップはどこから来るの

  「アメリカは知的な人だけが知的なことしてりゃいいんだよってとこあるよね」

・自分の持つ学力観(教育関連の卒論なので

学力低下のファクターを一つに求めすぎなのでは

・州の権力の低下がよく言われているけど、どうなの

・個々の章の有機的関連が薄いね

 

 

 ざっと以上のようなことを言われながらしどろもどろに答えていたらあっという間の30分でした。もう少し別のところを聞いて欲しかったんだけどなぁ。

 

 「こんなものか…」と思いつつ部屋を出てその付近でコートを着込んでいたら、3年間お世話になったゼミの教授がこちらに駆け寄ってきた。「卒業式に来られないから、なかなか会う機会はないと思いますが、お元気で。今のご時世メールでいつでも繋がれますから、何かあったら連絡をください」というようなことをおっしゃってくださった。自分は「優しく指導してくださってありがとうございます…こんなメンタルボロボロのやつに…」などと言ったなんとも情けないお返事と深い礼しかできなかった。いろいろなことが頭を駆け巡ったけれども、言う必要もないし。しかしその”いろいろ”は案外深かったらしく、教授が慌ててまた試問の部屋へ帰っていた後はぐ、っと涙がこみ上げてきた。

 

 ここで一つバックグランドを語っておく。高校時代は大学での勉学に夢見て、あわよくば研究者になれるぐらいに勉強したいと思い一心にガリ勉をして、見事今の大学に合格。しかし大学とは魔窟であり(選択してしまった環境、コミュニティが良くなかった場合)、見事な世に言う自堕落大学生になってしまった(自分基準なので、底辺ではない)。勉学への励みへはムラがあり、継続してやっていたことなんてない。爛れた色恋沙汰にも溺れていた。そんな状態で就職関連の時期を迎え、当時の恋人のこともあり精神を病み、少し病院やお薬に世話になることに。そんなこんなで就職(試験)もうまくいかず一年卒業を伸ばし、今に至る。

 以上のように、大学生活後半は自分の理想との乖離に苦しみながらも、なかなか泥沼から抜けられないというなんとも陰鬱な暮らしを送っていました。

 

 就活からも解放され、卒論だけになると負担は減り、新しいオタク趣味が見つかりそちらに没頭し明るく、よく言えば開き直ってきた自分。しかしそれは過去の自分を受け入れたわけではなく、ただ逃避をしていただけで、勉学に人並み以上に励まなかった自分をこの試問の日にまた再認識することになった。

 

 こんな不出来な学生にも優しく指導してくれる先生に申し訳なくて申し訳なくて。

 

 自分は何故理想を完遂できなかったのだろう。

 

 そもそも勉強好きではないんだろうなぁというのは最近よく思う。あくまで自分を輝かせる手段、快楽を得る手段が昔は勉強だった。

 一旦他の快楽によそ見して勉強を放棄すると、やってないから思うような快楽が得られず勉強が楽しくなくなるよね。

 

 そう、快か不快かで行動を判断してしまっている。そういう自分に大学生活の5年間は振り回されてきた。大学生は財力を持った幼稚園児と言われているのをどこかで見たことがあるが、まさにそれだなぁと思う。

 卒業の間近になってこんなことを言うぐらいには”現状のぬるま湯”に浸って過ごしてしまった自分。これから何か変えることはできるだろうか。変わっていけるだろうか。自分に厳しくなりたい。これは現状最も大切な課題でしょう。

 

 ブログなり何なりで見つめなおす場って、必要だね。ということで続けられそうなら続けよう、ブログ。